Sebastian Lipman

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オーストラリア在住のフランス人ハーピスト、セバスチャン・リップマンは7歳の時より フランスのグルノーブル音楽院にて、スザンヌ・シャルドン女史の下でハープを始める。同時に音楽の教育に力を入れたベルリオーズ初等学校に通い、後にシャルル・ミンシュ高等学校に進む。
 
14歳の時に高校交換留学生として渡米し、シカゴにて、シカゴ交響楽団主席ハーピストのエドワード・ドルジンスキーの下でハープの勉強を続ける。16歳でフランスに帰国し、パリ音楽院に入学し、ジェラール・ドゥボス氏に師事。
 
学生の時から積極的にノルウェー国立夏季講習、インターロッケン国立音楽祭(アメリカ)などの音楽祭に参加し、インターロッケン国立音楽祭ではWorld Youth Symphony Orchestra の主席ハーピストとしてオーケストラとコンチェルトを共演する他、リサイタルを開く栄誉も与えられた。
 
さらに研鑽を積むために再びアメリカに渡り、インディアナ大学においてスーザン・マクドナルド名誉教授に師事し、1986年にアーティスト・ディプロマを名誉称号と共に獲得する。
 
1985年には、イスラエル国際ハープコンクールにてファイナリストに選ばれる。
 
その他個人的にリリー・ラスキーヌ、マリエール・ノールマン、マーティン・ジュリオ各女史にも師事する。
 
20歳の時に(1986年)オーケストラ・ハーピストとしてのキャリアを始め、ノルウェー放送交響楽団及びノルウェーオペラ交響楽団の団員となる。同時にオスロ交響楽団とも共演し、演奏旅行にも参加する。1987年にはヘルベルト・フォン・カラヤンの率いるベルリン・フィルハーモニーに首席ハーピストとして入団し、その後何年にもわたって終身正式団員として演奏、録音、演奏旅行など全てにおいて活躍する。その間共演した指揮者には、クラウディオ・アバド、ダニエル・バレンボイム、ベルナルト・ハイティンク、ロリン・マゼール、リッカルド・ムーティ、ズービン・メータ、サイモン・ラトル、ゲオルグ・ショルティ、アンドレ・プレビン、マリス・ヤンソンス、小澤征爾、ジェームス・レバイン、コリン・デービスなどが挙げられる。演奏旅行では、ロイヤル・アルバート・ホール(ロンドン)、カーネギー・ホール(ニューヨーク)、サントリー・ホール(東京)、ウィーン楽友協会ホール(Musikverein-ウィーン)、ザルツブルグ音楽祭などにおいて数多く演奏する。
 
ソロ・ハーピストとしての活動も同時に続け、その演奏はフランス、ドイツ、ノルウェー、南アフリカ、オーストラリアの国営放送にて放送され、又、CDも2枚発行している。
 
1995年よりオーストラリアのブリスベーンに移住し、グリフィス大学クイーンズランド音楽院にて教鞭を執っており、そのハープ科はオーストラリア人の生徒のみならず留学生も多く、オーストラリア最大のハープ科となっている。オーストラリアでの指導の他に、海外でマスタークラスも数多く開き、National Music Camp (オーストラリア)、福井音楽祭、草加国際ハープフェスティバルにおいては度々招待され、演奏、指導に当たる。又、オーストラリアのすべての都市及び世界各地においてリサイタルを開き、コンチェルト・ソリストとして、ベルリン放送交響楽団、ノルウェー放送交響楽団、クイーンズランド交響楽団などと共演。
 

最近の海外での活動は、トリニティー・カレッジ(ロンドン)、北京音楽院(中国)、インディアナ大学(アメリカ)、台湾、東京での指導の他、コヴェントガーデンオペラ(ロンドン)、ノースウェスタン大学(シカゴ)、ケネディーセンター(ワシントンDC)、東京、金沢での演奏、リサイタルなどが挙げられる。